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zoom RSS 漢字「畔」  熟語 【譲畔而耕】

<<   作成日時 : 2016/05/25 20:55   >>

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下関市で小字「中村」 は永田郷、吉見下、安岡、蒲生野、内日下にある。
有冨は字「中村」 で「畔」 (読みは「グロ」) の字がつく。 「畔」 は河畔、湖畔もあるが、田の区画の畔だろう。 有冨の小字「中村」 は穴門の山田邑、大田だ。

「畔」 の読みは「グロ」 なので「クロ」 から「黒」 に転じるか?
黒田、高市黒人など。


学研 新漢和大字典 普及版 藤堂明保・加納喜光 編 2013年第4刷
  P.1176
【 譲(讓) 畔 而耕 】
あぜをゆずり(ゆづり) てたがやす
農民同士が、田畑の境界のを、自分のものと主張せずに、相手に譲り合って耕作すること。 人々が無欲で平和に暮らしているさま。
周の文王の感化により、周の国内では、「耕者皆譲畔、民俗皆譲長=耕すもの皆畔を譲り、民の俗皆長に譲る」 というさまであったという。〔史記・周〕
  ↓
先代旧事本紀の冒頭  神代本紀
日天狭霧国日国狭霧尊

『先代旧事本紀 現代語訳』 【安本美典 監修】【志村裕子 訳】 批評社
P.50-3行目 誤字を発見
天つ祖 天譲日天狭霧国日国狭霧の尊  譲(×)→禅(○)

「国日」 は国の祭祀か、それとも出雲の国譲りのことか。

漢字「畔」 の故事・熟語から「譲」 を導ける。 「天日」 の「譲」 の意味は「天をお譲りになる」 という意味ではなく聖徳太子の憲法十七条に通じる人のである。

聖徳太子の憲法十七条は【 譲而耕 】 の故事・熟語に基づくものである
という新説を私は出す。

有冨 字「中村」 は高天原で開闢の地である。
下関市有冨の「2組」、有冨の自治会長をしている中野さん宅の回りが皇祖神の場所である。 有冨の農家の人たちは争わず、和をもって貴しとなす。


山海経 海外東経
君子国 其の人 譲るを好みて争はず。
当初私は 君子国=天日天狭霧国禅日国狭霧尊 と考えた。

静岡県の富士山は海上からよく目立ち特徴ある山である。
山海経 海外東経 に富士山の記述はない。





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