邪馬台国 下関

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zoom RSS 竹取物語の考察 5

<<   作成日時 : 2016/02/04 20:10   >>

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上原作和 編著 『竹取物語事典』 ハイパーテクスト版
http://www.asahi-net.or.jp/~tu3s-uehr/taketori-dic.htm
不死の薬
我が国の道教受容にともなう仙薬への関心は早く 『万葉集』 巻五・天平三年 (七三〇) の梅花宴の 「故郷を思ふ歌」 二首に 「雲に飛ぶ薬」 と見える。
他に 『万葉集』 には 「月の変若水 (をちみず)」 が若返りの水として歌われている。

このように、死への恐怖感は、中国伝来の本草学に学び、知識層の薬物観が形成されるに及んで、これが不老長寿の実践としてへの観想と仙薬を求めさせることとなった。

実際、仁明天皇には、玉石類を調合した丹薬の服用が確認されており、こうした時代の風潮が 『竹取物語』 の不死薬を生みだしたと思われる。
また不死の観念は霊場としての富士山とも結びつき、地名起源説話ともなった。

さらに 『うつほ物語』 の 「内侍のかみ」 に 「蓬莱の山へ不死薬取りに渡らむこそ、−略−、その使に立ちて、船の中にて老い」 と見えて、不死薬を求めて蓬莱を目指した徐福伝承を詠んだ白楽天の 「海漫々」 を踏まえた会話がなされている。 したがって 『うつほ物語』 では、「蓬莱の玉の枝=不死薬」 と考えていたことが分かる



不老不死の霊薬
薬草・植物系   蓬莱の玉の枝 (橘か?)
             椿油 (唐、渤海が日本の産物として珍重)
             石斛

            海苔の歴史
            plaza.rakuten.co.jp/gukoutokuhiziri/diary/201602200000/
            海苔と徐福伝説
            ttp://www.yamako.net/jofuku/jofuku01.html

動物系    人魚を食べたら長生き (小浜市の八百比丘尼の伝説)

健康食品   青汁 (サントリー、ヤクルトも販売)
若返りの水

鉱物系(石薬・丹薬)   聖武天皇、仁明天皇


神木ツバキとその語源について
http://www2.odn.ne.jp/~had26900/topics_&_items2/on-tsubaki.htm

正倉院に伝わる薬物60種のリスト 種々薬帳
http://www.eisai.co.jp/museum/herb/familiar/shujuyakucho.html
薬物中毒は古代の卑弥呼の時代にもありました
http://touyouigaku55.seesaa.net/article/433389292.html
天武天皇崩御の謎 
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kamiya1/mypage-c.htm
薬の日
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/2795c7d367734fc168361864455525ad

散歩の語源ともなった石薬の効能とは?
ttp://kanpodo-honpo.com/sanpo/

出雲国風土記の植物は薬草という説あり。


蓬莱の玉の枝  通説では橘
私見
下関市 蓋井島の北部に群生しているヒゼンマユミの実に癌細胞の拡大を抑える成分がある。 徳島文理大学の研究


若返りの水
文庫書紀D298-6  持統紀 8年3月
醴泉、近江国の益須(やす) 郡の都賀(つが) 山に涌く
http://44051510.at.webry.info/201503/article_28.html
私見
都賀=塚だから、
  石原コスパの上 字「の原」
  福江の大
この近江国は 下関市福江の 大塚-船越 か 


続日本紀A35-8  元正天皇 養老元年11月17日
美濃国不破の行宮 当耆郡の多度山の美泉
私見
この場所は吉見温泉センターか

万葉集3260  小治田の年魚道の水
私見
この場所は吉見 西田川沿いの キシイ温泉

同様の記録
http://www.pleasuremind.jp/COLUMN/COLUM074.html


福井県小浜市の八百比丘尼の伝説
同類の民話が
  長門市仙崎  『郷土文化 ながと 24』 2012年
  豊北町 土井ヶ浜 字「岡林」
にもある。

尼宮のはなし 『豊北町史』 昭和47年  P1101 
http://44051510.at.webry.info/201203/article_60.html


続日本後紀  Wikipedia 
仁明天皇の代である天長10年(833年) から嘉祥3年(850年) までの18年間を扱う。 文徳天皇の勅命により斉衡2年(855年) に編纂が開始され、貞観11年(869年) に完成した。

講談社学術文庫  続日本後紀 下巻
P255-終わりから2行目
双丘の下に大池があり

竹生観音縁起に「この山は双峰」 とあり、梶栗・冨任から見ると双峰山である。 蒲生野山田に「大池」 がある。
続日本後紀は平安時代の正史であるが、下関の場所がでてくる。


倭国の首都
天照大神・神功皇后  有冨上 字「塚の原」・有冨古墳
応神天皇  福江の大塚
仁徳天皇  吉見古宿の踏切
推古天皇  吉見 字「野中」
に住んでいた。


吉見の船越
中川さん宅の横にある石組みの湧水 「清水川」 に着目

播磨国風土記 を読む 4
http://44051510.at.webry.info/201510/article_9.html





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