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zoom RSS 大海人皇子 向津具の久津の出身

<<   作成日時 : 2015/05/28 12:38   >>

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『 壬申の乱の謎 』  関祐二 著 PHP文庫 2003年
P147
大海氏を尾張氏同族と考えるのは、横田健一氏、上田正昭氏、それに大和岩雄氏らである。
その証拠はいくつもあげられている。
『日本書紀』 崇神紀には尾張大海媛、『古事記』 崇神記には意富阿麻比売 (大海) が尾張連の祖とあり、『先代旧事本紀』 には、尾張氏の始祖・火明命の7世孫に大海姫命の名がある。 尾張氏同族に「凡海氏」 がいて、「大海」 とのつながりが連想される。

尾張氏と大海氏がつながっている可能性があると考えるのは尾張氏が「海」 と密接な関係があったからでもある。



P208
もし仮に、中世文書のいうとおり、天武天皇が天智天皇よりも年上ならば、当てはまるのは皇子しかいないから、天武天皇の正体は皇子なのではないか、というのである。 さらには、漢皇子の父親が高向王で、この人物が渡来人高向史玄理その人だったのではないか、とする説もある。 のちに触れるように、私見も、天智天皇と天武天皇の兄弟の順番は逆とする。

P229
大和(岩雄) 氏は、天武天皇が天智天皇よりも年上ならば、当てはまるのは皇子、と推理した。 この推論はあとに触れるように、もっとも蓋然性が高いとみるが、『日本書紀』 にしたがえば、皇子の父は高向王で、高向王の祖父が用明天皇であった。


『 日本の中の朝鮮文化 5 若狭・越中・能登・越後ほか 』
金達寿 著   講談社 1975年 第1刷 1983年 第2刷
P18-6行目
朝鮮語 バタ (海) からきたものといわれる新羅系渡来人の氏族



継体紀 文庫書紀B162-末行
高向は、越前の邑の名なり
宗像市 田野に高向の字地名があるが、越の地名なので向津具である。
高向玄理は高向麻呂ともいうので、「黒」 から向津具の黒岬である。 場所は久津浦の南隣である。
  ↓
大海人皇子は向津具の楊貴妃伝説がある久津の出身である。

向津具の久津には秦河勝を祭る大避神社もある。 秦の始皇帝が登場する社伝が徐福東渡に似て興味深い。
  ↓
大避神社
http://44051510.at.webry.info/201008/article_103.html


坂中井の「坂中」 は向津具の字地名。
『油谷町史』 に小字地図が載っているので参照せよ。


大海人皇子の「大海」 は文献の上で 徐福、蓬莱山、楊貴妃 の話に出てくる単語である。 一般名詞のように思われていたが実は向津具の久津に関わる海洋の地名(固有名詞) であった。

皇子は「漢」 から中国系である。

文庫書紀D66-3 天武紀 上 の冒頭
天文・遁甲に能し。
天武天皇は方士・道士であるから徐福集団の末裔である。
真人の「瀛」 は孝安即位前紀(文庫書紀@260-末行) の
尾張連の遠祖 津世襲

名古屋市の熱田神宮に伝わる楊貴妃伝説と向津具の久津に伝わる楊貴妃伝説は似ており、向津具の字「安佐 王屋敷」 から出土した有柄銅剣が本物の草薙剣と考えられる。

貴妃の「楊」 氏 にも着目したい。

向津具の小字
字 「本郷 鳥ノ子」 は日本書紀 冒頭の「鶏子」 で天地開闢の場所か。
古に天地未だ剖れず、陰陽分れざりしとき、渾沌れたること鶏子(とりのこ) の如くして、溟Aにして牙を含めり。
油谷島の 字 「天鳥」 は扶桑の木に留まるカラスか。


過去記事
邪馬台国 は 向津具 か
http://44051510.at.webry.info/201202/article_54.html
向津具の楊貴妃伝説 と 陽侯(楊胡) 氏
http://44051510.at.webry.info/201203/article_54.html
徐福の 豊北町
http://44051510.at.webry.info/201211/article_3.html

迫田  粕屋 十日神 (とびかみ)
http://44051510.at.webry.info/201203/article_61.html
  ↓
向津具上の迫田にある十日神が扶桑だろうか。
山海経 海外東経
下に湯谷あり。 湯谷の上に扶桑有り。 十日の浴する所なり。
  ↓
白坂姫皇女  継体紀 文庫書記B172末行
小字「迫田」 の隣が小字「白坂」 である。
継体天皇は向津具の 白坂〜坂中 の人である。
隣の小字「道元」 は道教の地だ。

矛  文庫書紀@80-3
紀伊国 日前神  

神武東征 文庫書紀@212-2
大伴氏の遠祖 臣命を臣とする

山口県風土誌 11巻 P308
宗清
注進案に、古墓の条に1ヶ所宗清村に在、弥平兵衛宗清の墓と申伝候、古きの根有之と見ゆ。 由来書にはなし。


油谷(ゆや) と 湯谷(やうこく) は似ている。

黒歯国は国で向津具だ。
黒歯常之
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%AD%AF%E5%B8%B8%E4%B9%8B

秦 田来津 (はたのたくつ) は久津浦、または田久道の人だろう。

朴市秦田来津
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E5%B8%82%E7%A7%A6%E9%80%A0%E7%94%B0%E6%9D%A5%E6%B4%A5




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