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zoom RSS 小森江 風師山の洞窟 銀鉱

<<   作成日時 : 2014/08/21 21:43   >>

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『 門司郷土叢書 』 3巻
小森江村志  昭和34年
横頁220
風師山麓の洞窟
小森江東小学校のすぐ上に、もと藤棚があった所の山際に洞窟がある。
ここより風師中学校の上を通って東方1町位にして風師川の上流になるが この附近には 洞窟がいくつもある 更に東1町も行けば 空の中約1町も進むか 湿気を帯びて辷り こうもりが飛んでくる 細くて深いのや人工で造られたものなどあり 今埋ったものなどもあるが 未だ調査はされていない

(私見)
天石窟は風師山麓にあった。
小森江 丸山古墳出土の漢式鏡は「伊勢に崇秘る大神」 である。
文庫書紀@82-5

「神風の伊勢」 の神風は風師山の山下風である。



小森江鉱山

(門司新報 明26・12・24)
鉄鉱試掘出願
文字関大字小森江字風師山35字
大字門司字狸谷外14字
及び柳ヶ浦村大字大里字刈田ヶ原外4字
は 鉄鉱を含有するを以て 56万余坪を 去る21日林次郎太友枝梅次郎の両氏より試掘を出願し また柳ヶ浦村字戸ノ上外17字に於ても 50万余坪の試掘を 山田秀吉氏外2名より 一昨22日出願せり


(同明28・12・10)
林次郎太の所有に係る 当港大字小森江風師山の鉄鉱は 予てより試掘中の処 此頃銀鉱に掘り当て 坑内は全部を含有し 漸々採掘するに従いて 多量の銀塊を掘取するに至り その質も頗る善良にして 将来大に有望なるものなれば 借区主林氏は一層規模を大にして 採掘を試み 愈銀鉱含有の目的十分なるに於ては 更に器械等を備へ 盛んに採掘するのを計当ありと云へり

(同明28・12・22)
其後長谷川工学博士の鑑を乞ひしが 同鉱は継カツキ即ち鉱石の由実に6尺にて 近頃銀鉱として珍らしき良鉱の由なるが 近日中溶鉱炉を備へ付け盛んに鎔出するやに聞く


門司半島の鑛山  『 門司郷土叢書 』 6巻 下頁402
(元和九年方々状控 細川氏)
(上略 − 此に採銅所一 よびの(呼野) 二の三ヶ条あり)
一 門司御銀山に付置申御用に候間御鉄炮衆一人才覚者を明日より可被遣候以上  十月廿六日

江戸時代はじめにも門司銀山の文書がある。 その場所は不明。


(私見)
古事記の天石屋では、天金山の鉄を用いて鉄鏡を作った。
武烈紀に銀郷がある。 文庫書紀B154-4

古事記 (しろがね) の王 がでてくる。 古事記索引を調べよ


大里には銅山があったが、小森江にも銅山があった。
二十町村
P73 鉱山
小森江銅山、二十町観音山銅山


門司区 黒川 地名 「金山」 がある。
黒川という地名は鉄分が多い場所にちなむ。
ということは門司産の鉄鉱石は黒色をしている。

門司新報の記事から
小森江で黒石が見られる場所を探して銀鉱山を発見した
と私は推理する。

門司新報の記事に「林次郎太」 という名前がある。
この林氏の住所を調べればよい。


鉄鉱石
山口県立博物館
http://db.yamahaku.pref.yamaguchi.lg.jp/db/tigaku/t_3-8_02.html
東京大学 総合研究博物館
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v14n1/v14n1_kiyota.html
鉱石鉱物
http://www.anahitastones.com/earth/2007/12/20.html


北九州市 門司区 小森江
天石窟の場所、武烈紀の銀郷は小森江の風師山にあったと言える。
万葉集249 の隠江は小森江である。



『 北九州市史 総論  先史・原史 』  昭和60年12月
P751
丸山古墳  門司区小森江2丁目 (字丸山)
大正5年(1916) 九州鉄道拡張工事の際、古墳が破壊されて五獣鏡 1 ・ 鉄刀 3 が発見された。 鏡は東京国立博物館に保有されている。
墳頂1.2メートルの土中から検出され、石材などはなかったと伝えられるので、土壙墓か粘土槨のような構造であろうかと考えられる。
国鉄門司駅から線路沿いに2キロメートルたらず北上したあたりと思われるが、現在は工場内となり痕跡すらとどめていない。

五獣鏡は表面緑青色を呈し、平縁をなす外周の3分の2 は欠損しているが、復元18.2センチメートルとなる。
内区模様は円座乳で5区に分けられ、各区にS字状の半肉彫長胴とその左上に獣首を付した5つの同形獣を配している。
細線式の手法を加えた鼉龍鏡(だりゅうきょう) の変形とみられる点は珍しい。 鋸歯(きょし)文を加えた隆圏帯で内外区が区分され、その両側に櫛歯文帯と、さらに外区には整った菱雲文帯がめぐらされている。

この種の獣形鏡では、まださして変形していない優れた部類の作品である。
この鏡から推して5世紀代の古墳であろうと考えられ、ほとんど現存しない門司区の古墳時代遺跡のなかで、注目すべき資料である。

《 参考文献 》  1924−1
          1976−1

※ 出土した漢式鏡の鮮明な白黒写真が掲載されている。
獣形鏡(五獣鏡) なので、渦巻く雲のように見えるのは抽象的な獣である。

小森江 丸山古墳から出土した漢式鏡は後漢すなわち卑弥呼の時代に中国で作られた舶載鏡である。
この種の鏡は5世紀代の古墳から出土するため、小森江 丸山古墳も5世紀の古墳と推定される。 つまり伝世鏡である。 奈良県のヤマト政権が後漢時代に作られたこの種の鏡を複数枚保有して、それを5世紀なって各地の豪族に配布したと解されている。


(私見)
鏡の渦巻き獣は「隼人の楯」 の文様と似る。
隼人の楯
http://www.pref.kagoshima.jp/ab23/reimeikan/josetsu/theme/genshi/satsuma/kgs01_s5_3.html

しかし隼人の楯の逆S字状の文様は流文から来ているといわれる。


楯は延喜式 「隼人の楯」 の他に続日本紀の榎井氏がある。
続日本紀@13-最後の行
榎井朝臣麻呂、大楯を竪て
続日本紀D313-8
石上・榎井の二氏、各桙を竪つ

小森江丸山古墳があった所は神戸製鋼の工場地である。
この場所の海岸の小字は「榎田」 だから、続日本紀の榎井氏に関係するか。

榎井氏 ・・・ 羽山川河口の小字「榎田」
石上氏 ・・・ 羽山川の上流 小森江貯水池の奥、砂防ダム辺り と思える

物部の楯
http://mononobe.digiweb.jp/siryou/tate.html


風師山の「風師」 についての学術論文は
『 古代史論叢 』  渡辺直彦 編 続群書類従完成会 平成6年
P297〜329 列子の「御風」 をめぐって 三條彰久

この本は北九州市周辺の図書館では下関市立大学図書館にある。
仙人と風、鳳、悲しいメロディー等について論究されている。
陶塤(弥生の土笛) は物悲しい音色なので、洞窟を吹き抜ける風の音か。


雲に飛ぶ仙薬  万葉集847848
山の高い所、雲がかかる場所で得られる物か
雲飛山 訓み うねびやま のことか
 

小森江の風師山に銀山があった。
  武烈紀の銀郷 = 泊瀬列城
  古事記 銀(しろがね) の王
  

長登銅山の木簡から、産出された銅は門司に運ばれていた。
門司区の 小森江西 〜 大川河口あたり に運ばれた。




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