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zoom RSS 古代関西の 朝鮮カルト

<<   作成日時 : 2013/04/23 04:22   >>

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文庫書紀C222 (岩波文庫 日本書紀 四 P222)

秋7月に、東国の不尽河の辺の人大生部多、虫祭ることを村里の人に勧めて曰はく、「此は常世の神なり。 此の神を祭る者は、富と寿とを致す」 といふ。

巫覡等、遂に詐きて、神語に託せて曰はく、「常世の神を祭らば、貧しき者は富を致し、老いたる人は還りて少ゆ」 といふ。
是に由りて、加勧めて、民の家の財宝を捨てしめ、酒を陳ね、菜・六畜を路の側に陳ねて、呼はしめて曰はく、「新しき富入来れり」 といふ。
都鄙の人、常世の虫を取りて、清座に置きて、歌ひ儛ひて、福を求めて珍財を棄捨つ。 都て益す所無くして、損り費ゆること極めて甚し。

是に葛野の秦造河勝、民の惑はさるるを悪みて、大生部多を打つ。
其の巫覡等、恐りて勧め祭ることを休む。
時の人、便ち歌を作りて曰はく、
太秦は 神とも神と 聞え来る 常世の神を 打ち懲ますも



私見では東国は関西である。
古代の奈良県・大阪府では朝鮮カルトが蔓延していた。

いわゆる仁徳陵・応神陵など、巨大古墳は朝鮮カルトと考えられる。
秦造河勝は渡来人系だが先駆的な仏教信者だった。

  


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