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zoom RSS 銀郷  武烈天皇

<<   作成日時 : 2013/01/02 23:41   >>

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岩波文庫 日本書紀(三)  P154
武烈天皇 即位前紀12月
日本に光り宅しませ。 誕きに銀郷を受けたまへ。

この銀郷は山口市の一の坂銀山か、秋芳町の青景銀山だ。
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 【 一の坂銀山 】
 【 青景銀山 】
 阿東町の嘉年は銀山だったと伝えられる。

選択して青景銀山だろう。

『 山口県の歴史 』  平凡社の地名辞典
P573中  美祢郡
「日本書紀」 孝徳天皇白雉元年(650) 2月9日条にみえる麻山は、現美東町の絵堂・小野周辺にある高山とされ、穴門国造首の同族贄氏とはおそらく当時の美祢郡長官であったと思われる。
古代長門国は豊前国・備中国とともに西日本有数の産銅地として知られていた。 うち長門国の中心は美祢郡の赤郷と大田郷であったと考えられ、広大な石灰岩台地が分布し、接触交代鉱床が発達していて、古代の未熟な探鉱法でも容易に銅・銀・鉄などの露頭探査が可能であった

岩波文庫 日本書紀(一)
P42
天安河辺に所在る五百箇磐石
この記述は秋吉台の石灰岩である。
安河は秋吉台 ⇒ 宇部市を流れる厚東川である。

嘉万の国秀遺跡 ・・・・ 山口県下では最大級の集落遺跡
http://www2.city.mine.lg.jp/www/contents/1318660703759/index.html

観音堂遺跡  洞穴 配石遺構があり岩陰遺跡か
http://www.isekiwalker.com/iseki/148243/



厚東川の流域
宇部市棚井の厚東氏は物部氏
『 図説 山口県の歴史 』 (河出書房新社 「図説 日本の歴史 35」 1998年) の P96 「厚東氏の出自」 で、厚東氏は物部氏と載っている。

宇部市棚井付近を本拠とする厚東氏第一代の武忠は物部守屋の子または孫、あるいは物部守屋自身であるとする系図がある。

厚狭郡楠町東吉部の寺尾八幡宮は弘長元年(1261) 「大檀那物部」 が建立したと伝える。
宇部市棚井東隆寺の開山南嶺和尚道行碑文(1454年) は、14代厚東武実を「姓物部氏」 と記す。

沖ノ山出土の中国古銭及び埋納甕  厚東川の河口
宇部市デジタルアーカイブ
http://archives.city.ube.yamaguchi.jp/detail.php?con_id=261


陸行1月で到着する場所は秋吉台だった。

私見 秋吉台への道
下関市の吉田⇒美祢⇒秋芳町嘉万

秋吉台の考古学
秋吉台は湧水が多いので、遺跡が多く人口が多かった。
秋吉台への弥生文化ルートは厚狭川や厚東川をさかのぼって広まったのではなく、豊田町⇒美祢⇒秋芳町⇒美東町へと伝わったと考えられている。
中世の肥中街道、今の国道435号線が弥生の主要なルートだった。





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