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遠賀郡誌 戸畑町 P452 古宅址 字掘にあり、昔は竹藪在りし故、蔵藪(クラヤ子) と云、又掘とも云。 今の劇場の裏南より東北に堀切の迹のこれり、堀切の南側に3個の石あり。 其側に青石の 幅6寸 高1尺許なるに竹内氏之神霊、横に祭日「3月11日 9月9日」 と彫せり、祀る人ありと見え花柴などを供へたり。 此は中島の城主なりし竹内治部が家臣の宅地なりしと云。 今より34・5年前は、蔵藪に方30間許なる畑あり、此所に一奇事あり。 畑の内堤際何れの所と定めず、曇天或は日暮に白霧立ちて四隣を覆へり。 里人は蔵藪の雲気と呼ぶ。 或は土中に宝器を蔵めたるなと云へども詳ならず。 老人は彼の雲気を見たる者あり。 今は完く開拓して市街となりたれば、雲気も立昇らずと云。 ※ 場所は「劇場」 より、戸畑駅界隈 <私見> 出雲の場所は字の如く「雲が出る」 で、この「蔵藪の雲気」 が見られた戸畑駅の字「堀」 だ。 古事記の水戸の神は遠賀川の水門でなく洞海湾入口の神である。 岩波文庫 日本書紀(一) P118 其の子事代主神、遊行きて、出雲国の三穂の碕に在す。 釣魚するを以て楽とす。 或は曰はく、遊鳥するを楽とすといふ。 遠賀郡誌 名護屋ア P454 「伊藤常足云名義は魚籠(なご) の意か、又は魚水屋にてもあるらし」 名護屋アは魚が集まる釣りのポイントだったと思われる。 若松の恵比須神社は神功皇后が事代主神を祀った所である。 若松の小字「籤分」 ⇒ 神功紀の神託 天事代虚事代玉籤入彦厳事代神 大国主神・事代主神の出雲は戸畑駅のあたり。 |
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